東京高等裁判所 平成3年(行ケ)54号 判決 1994年3月23日
イタリー国
ミラノ、フォロ、ボナパルテ、31
原告
モンテジソン、ソシエタ、パー、アシオネ
代表者
サングレネリ
訴訟代理人弁護士
吉武賢次
同
神谷嚴
同弁理士
中村行孝
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
石井良夫
同
原幸一
同
田中靖紘
同
涌井幸一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を
90日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成1年審判第2343号事件について、平成2年9月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1、第2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1979年7月2日にイタリー国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和55年7月2日、名称を「粉末の乾燥法」とする発明について特許出願をした(昭和55年特許願第89290号)が、昭和63年10月28日に拒絶査定を受けたので、平成元年2月20日、これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成1年審判第2343号事件として審理したうえ、平成2年9月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月28日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
「ジハロゲン化マグネシウム上に担持されたチタン化合物からなる触媒を用いて得られたポリオレフイン粉末から、揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質をその含量が100ppmより少なくなるまで除去する方法であつて、0.1~10kg/cm2ゲージ圧で105~140℃に加熱された新鮮な過熱水蒸気流を、水蒸気対粉末の重量比0.10~0.50の割合で前記ポリオレフイン粉末上に通過させるとともに、前記粉末を水蒸気が凝縮しないように前記温度に保持させることを特徴とする、粉末の乾燥法。」
(特許請求の範囲第1項)
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、特公昭33-645号公報(以下「引用例1」という。)及び特公昭46-22923号公報(以下「引用例2」という。)を引用し、本願発明は、各引用例に実質的に記載されていると認める公知技術と、ジハロゲン化マグネシウム上に担持されたチタン化合物からなる触媒を用いて粉末状のポリオレフインを得る周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものと判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1、2の記載内容、各引用例と本願発明との一致点及び相違点及び上記周知技術の各認定、相違点<1>及び<4>についての判断は認める。
しかし、審決は、相違点<2>について、根拠を示すことなく、本願発明において特定されているポリオレフインに対する揮発性物質等の含量が100ppmより少なくなるまでという除去量は、従来においても設定されている範囲のものであり、当業者であれば適宜設定し、かつ、実現可能なものであるとの誤った判断をし(取消事由1)、同<3>について、本願発明において特定されている過熱水蒸気流の条件は、当業者であれば予測し得る範囲内で、しかも、単なる繰り返し実験により適宜設定可能なものであるとの誤った判断をし(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取消を免れない。
1 取消事由1
本願発明は、ポリオレフイン粉末から、「揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質」を、その含量が100ppmより少なくなるまで除去する方法である。そして、特許請求の範囲第1項の「揮発性物質」とは常温常圧で揮発する物質であり、「処理条件下において揮発性となる物質」とは本願発明の条件下で揮発する物質である。
この点につき、本願明細書の発明の詳細な説明中で用いられている「揮発性物質」と言う用語は必ずしも一義的ではないが、「最近ポリオレフインを多量に使用する食品分野および医療衛生分野においては、不純物の量が50ppmよりも少ない重合体を入手することが必要となつている。」(甲第2号証明細書5頁2~5行)、「本発明の利点の1つは、最終の不純物量を100~500ppm、あるいは50ppm以下のいずれにする場合にも同一効率で常時同一の操作条件において操作できることである。」(同6頁3~6行)と記載されているように、本願発明の趣旨は不純物の量を最終的に100ppm以下にすることにある。すなわち、不純物が溶剤のような揮発性物質のみであるときはそれを、また、ハロゲン化物のように処理中に揮発性となる物質をも含む(このような処理条件下においては、当然に溶剤のような揮発性物質も揮発している状態であるから、揮発性物質も含むことになる。)ときにはその不純物を、最終的に前記の量まで除去するというものである。
審決は、上記除去量は、「従来においても設定されている範囲内のものであるから、当業者であれば適宜設定し、かつ、実現可能なものである。」(審決書7頁15~17行)と述べるが、誤りである。
このような、不純物含量が100ppmより少なくなるまでという除去量は従来において設定されておらず、また、このことを実現する方法は、引用例1、2を含めて、どこにも開示されていない。引用例1に、「此の作業方法に依り、・・・約0.06-0.09重量%の所望の低い灰分が得られる。」(甲第4号証3頁左欄9~14行)、「水洗〓後乾燥せる完成生成物の灰分は第1の場合には約0.14重量%であるに反し、第2の場合には僅かに0.05重量%であるに過ぎない。」(同3頁右欄33~36行)との記載があるだけで、不純物含量は最小でも500ppmにすぎない。
被告は、特公昭39-12111号公報(乙第1号証)、特開昭50-101480号公報(乙第2号証)、特開昭52-142791号公報(乙第3号証)を挙げて、ポリオレフインに対する含量が100ppmより少なくすることは周知の事実であると主張するが、これらの公報には、溶剤の減少に関する事実しか記載されておらず、処理条件下において揮発性となる物質がどの程度減少させられるかについては何ら開示がないから、被告主張の根拠とならない。
2 取消事由2
審決が述べるところの「加圧された過熱水蒸気流をポリオレフイン上に通過させてポリオレフインから揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去するに際して前記過熱水蒸気流の圧力、温度、及び量等の条件はポリオレフインを製造する際の触媒の種類やポリオレフインの用途等に応じて当業者により適宜設定されるものであり」(審決書7頁19行~8頁5行)との一般論は認める。
しかし、本願発明において特定されている「0.1~10kg/cm2ゲージ圧で105~140℃で、かつ、水蒸気対ポリオレフインの重量比が0.10~0.50の割合となる過熱水蒸気流」という条件は、本願発明において、ポリオレフインに対する含量を100ppmより少なくするという方法を開発する過程で、右に挙げた条件以外の種々の条件をも変えて研究した結果得られた条件である。
にもかかわらず、審決は、上記条件は、「当業者であれば予測し得る範囲内のものであつて、しかも、単なる繰り返し実験により適宜設定可能なものである。」(審決書8頁9~11行)との誤った判断をした。
第4 被告の主張の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
本願発明において、ポリオレフインに対する含量を100ppm以下にするのは、その要旨に示されるとおり、「揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質」であり、これは、文字どおり、「揮発性物質」すなわち常温常圧で揮発する物質、「または」、「処理条件下において揮発性となる物質」すなわち本願発明の処理条件下で揮発する物質、のいずれか一方を除去することを意味する。
そして、「揮発性物質」に該当する「溶剤」の含量を100ppmより少なくするという技術は、本願優先権主張日前に日本国内で頒布された特公昭39-12111号公報(乙第1号証)の特許請求の範囲にも記載されているとおり、周知の事実であり、この除去量は、従来においても設定されている範囲内のものである。また、ハロゲン含有化合物からなる触媒を用いて得られたポリオレフインを乾燥のような高められた温度に置くと、ポリオレフイン中に残留する触媒が分解してポリオレフインに対するハロゲン化物の含量が減少することは、同様に日本国内で頒布された特開昭50-101480号公報、特開昭52-142791号公報にも記載されている(乙第2号証1頁右下欄4~13行、乙第3号証1頁右下欄20行~2頁左上欄6行)とおり、当該技術分野においてよく知られた事実である。その場合、ポリオレフインに対するハロゲン化物の含量を100ppm以下にすることも、上記各公報に記載されている(乙第2号証2頁右下欄5~9行、同3頁右下欄9~16行、乙第3号証2頁右下欄16行~3頁左上欄10行)ように、従来においても設定されている範囲内のものである。
したがって、審決の相違点<2>についての認定判断に誤りはない。
2 取消事由2について
引用例1には、「流下する重合生成物の層に反対に、蒸気を下方より上方に向つて吹き込む」(甲第4号証2頁左欄6~8行)と記載され、引用例2には、「濡れた重合物が長い伝熱ゾーンの中で少くとも66℃の温度の水蒸気と1混合し接触して水蒸気中に重合物懸濁物(suspension)を作る。」(甲第5号証2欄5~8行)と記載されている。このような固形粒子とガス媒体との接触操作では、固形粒子の物性や装置の形状等によって定まる常圧以上の圧力とすることは、前掲特公昭39-12111号公報にも記載されている(乙第1号証2頁右欄2~7行)とおり技術常識であるから、本件発明で特定される圧力は、引用例1、2の記載から当業者であれば当然予測できるものである。
また、引用例2には、操作条件中の重量比及び温度につき、「普通炭化水素のkg当り約1-約2kgの水蒸気が使用される。濡れている重合物は約3-約60wt.%の炭化水素を含んでいる。長い伝熱管内の温度は適宜約93-138℃の範囲であつてよい。」(甲第5号証2欄16~20行)と記載されており、この使用水蒸気量は、約3~約60wt.%の炭化水素を含む重合体のkg当りに換算すると、その重量比で0.06~2.5となる。すなわち、本願発明で特定される重量比及び温度の各操作条件は、いずれも引用例2に示される公知技術において採用されている操作条件の範囲内のものであり、当業者が予測でき適宜設定することが可能な操作条件である。
したがって、審決の相違点<3>についての認定判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1について
(1) 本願発明の要旨に示される「揮発性物質」とは常温常圧で揮発する物質であり、「処理条件下において揮発性となる物質」とは本願発明の処理条件下で揮発する物質であることは当事者間に争いがない。
そして、甲第2、第3号証により認められる本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明は、揮発性物質をそれらを含有する粉末から高効率に除去する方法に関する。公知のように、低圧法ポリプロピレンおよび高密度ポリエチレンを製造する方法には一般に最終乾燥工程が設けられている。この乾燥工程で処理することによつて、重合体内に存在していた揮発性物質は除去され、乾燥された重合体粉末が得られる。以下の事項の1つまたはそれ以上が起こつていると、重合体の製造法の終了時に揮発性物質が重合体内に存在する。それらは、イ)重合プロセスにおける分散用炭化水素媒体の使用;ロ)重合プロセスにおけるオリゴマーの形成;・・・」(甲第2号証明細書2頁15行~3頁13行)として、本願発明の方法によって除去されるべき物質には、分散用炭化水素媒体のような揮発性物質及びオリゴマーのようなある処理条件下において揮発性となりうる物質の両方が含まれることを当然の前提として説明されており、さらに、「最近ポリオレフインを多量に使用する食品分野および医療衛生分野においては、不純物の量が50ppmよりも少ない重合体を入手することが必要となつている。公知の乾燥法では不純物の量を少なくするには多額の製造コストおよび設備コストがかかつてしまう。」(同5頁2~7行)、「本発明者等は、乾燥製品内の揮発性物質の不純物の量を効果的に50ppmよりも少なくすることができ、そして前述の追加コストを不要とすることができる重合体粉末または他の粉末から揮発性物質または処理条件下に揮発性となる物質を乾燥除去する方法を見い出した。本発明の利点の1つは、最終の不純物量を100~500ppm、あるいは50ppm以下のいずれにする場合にも同一効率で常時同一の操作条件において操作できることである。」(同5頁18行~6頁6行)との記載から認められるように、本願発明の目的とするところは、重合体の製造法の終了時に存在する不純物の除去であることは明らかである。
そして、常温常圧で揮発する性質の物質であるならば、本願発明の処理条件下においては当然揮発が誘発されるものと認められるから、上記本願発明の目的に照らせば、本願発明の要旨に示される「揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質」とは、常温常圧で揮発する物質を含め、本願発明の処理条件下で揮発する物質を意味するものと解するのが相当であり、どちらか一方で足りるとする被告の主張は採用できない。
(2) 上記の理解を前提に、従来技術と本願発明における不純物の除去量を検討する。
特公昭39-12111号公報(乙第1号証)には、α-オレフインの固形重合体から不純物としての非水性溶剤を除去し、溶剤含量を100ppm以下に減じる方法が記載されており(同号証8頁右欄9~25行)、この工程において使用される不活性ガスとして水蒸気(スチーム)が用いられる(同4頁左欄28~30行)ことが記載され、昭和54年4月24日公開の特開昭54-52191号公報(乙第5号証)には、乾燥処理されたポリオレフインパウダーを竪型円筒貯槽において50~130℃に保ち、窒素ガスを導入して、ハロゲン含有触媒を使用して得られたポリオレフインパウダー中の特定の炭化水素類及び/またはアルコール類の濃度を100ppm以下にするポリオレフインパウダーの残存溶媒除去法の発明が記載されている(同号証1頁左下欄5~右下欄4行)。
また、特開昭50-101480号公報(乙第2号証)には、一部は水蒸気の形で使用しうる水で処理するハロゲン含有触媒を使用して得られたポリオレフインの純精製法の発明が記載されており(同号証1頁左下欄特許請求の範囲)、この方法を有利に適用するための前工程として、希釈剤及び触媒成分を除去分離し、炭化水素(ベンジン)の残りと80ppmのHClの生成物を得(同2頁右下欄2~10行)、これに同方法を適用して、精製された乾燥ポリオレフイン粉末に含有されるHClの残存量を1ppmより少なくする(同3頁右下欄下から9行~4頁左上欄3行)ことが示されており、特開昭52-142791号公報(乙第3号証)には、ハロゲン含有触媒を使用して得られたポリオレフインを水で処理して精製ポリオレフインを得る方法の発明が記載されており(同号証1頁左下欄特許請求の範囲)、この方法を適用する場合に、必要であれば予め触媒残留物を除去するが、この除去工程を経たポリオレフインは、ハロゲン濃度が100ppm以下であり(同2頁右下欄14行~3頁左上欄10行)、これに同方法を適用して、精製された乾燥ポリオレフイン粉末に含有されるHClの残存量を1ppm以下とする(同5頁右上欄14~17行)ことが示されている。
これら公報の記載によれば、ハロゲン含有触媒を使用して得られたポリオレフイン粉末から、揮発性物質又は処理条件下で揮発性となる物質をその含量が100ppmより少なくなるまで除去すること自体は、本願の優先権主張日前すでに、種々の工夫の下に達成されていた事柄であって、本願発明において特定される除去量は従来においても設定されている範囲のものと認められる。
(3) したがって、これと同旨の審決の認定に誤りはなく、審決が、この認定に基づき、相違点<2>に係る本願発明の構成は、当業者が適宜設定し実現可能なものであると判断したことは相当であり、原告主張の誤りはない。
2 取消事由2について
(1) 引用例2(甲第5号証)には、「炭化水素で濡れている固体重合物を水蒸気と長い伝熱管内少くとも75℃の温度で混合、接触させて水蒸気内重合物の懸濁物を造り;その懸濁物を実際的全部の炭化水素をその重合物から除くに足る速度で伝熱ゾーンを通過させ乍らその重合物と水蒸気との接触を保ち;乾いた重合物をその懸濁物から回収し;水蒸気は重合物から除かれた炭化水素のkg当り約4kgを超えない分量で使用され又懸濁物は30~48m/秒の速度で通過させられ;その重合物は3~60wt%の炭化水素で濡れている;ことを特徴とする炭化水素で濡れている固体のα-オレフイン重合物を乾燥する方法」(同号証8欄特許請求の範囲1)の発明が記載されており、この方法における炭化水素除去工程である懸濁物を伝熱ゾーンを通過させながらその重合物と水蒸気との接触を保つ工程における温度につき、「長い伝熱管内の温度は適宜約93-138℃の範囲であつてよい。」(同2欄19行~20行)と記載されている。すなわち、本願発明と引用例2の発明との水蒸気流の温度条件は、105~138℃の範囲で一致することが明らかである。
次に、引用例2の発明においては、上記特許請求の範囲の記載に示されているように、処理に供される重合物は3~60wt%の炭化水素を含むと規定されており、除去工程を経て「管39で排出されたその乾いた重合物は約2-約10wt.%の液体炭化水素を含んでいる。」(同5欄25行~27行)のであるから、除去された炭化水素は、最大(60-2)wt%=58wt%と認められる。一方、使用される水蒸気は、上記特許請求の範囲に、「重合物から除かれた炭化水素のkg当り約4kgを超えない分量」であると規定されているから、これらにより、使用される水蒸気と処理に供される重合物の重量比を求めると、最大2.32となることが計算上明らかである。すなわち、本願発明の重量比の条件は、引用例2の発明における重量比の条件の中に含まれているものと認められる。
(2) 次に、引用例1(甲第4号証)を見ると、引用例1には、本願発明と同様に、チタン化合物からなる触媒を用いて得られたポリエチレン(ポリオレフインの一種)から溶剤残部を水蒸気による処理により除去する方法が記載されており(同号証5~6頁特許請求の範囲)、その「蒸気処理は、約100℃の温度に於て、飽和或は過熱蒸気を以て」(同1頁右欄24~25行)、減圧下又は常圧で行われること(同6頁附記14参照)が記載されている。
また、前示特公昭39-12111号公報(乙第1号証)には、圧力条件に関し、「分散相浮遊物が通過する移動管内の操作圧は約常圧から約1001bs/in2ゲージの範囲にある。同様の圧が第一および第二濃厚層で得られる。しかしながら移動管においては約2-61bs/in2ゲージの範囲の低圧また第一濃厚層では同様の圧を使用するのが適当である。第二濃厚層での好ましい圧は約1-51bs/in2ゲージである。」(同号証2頁右欄2~7行)と記載されており、水蒸気処理が行われる第二濃厚層での好ましい圧は約0.07~0.35kg/cm3ゲージ圧に換算されるから、本願発明における圧力条件と一部重複する加圧条件が示されていることとなる。
そして、引用例1が昭和33年2月5日の、上記公報(乙第1号証)が昭和39年6月30日の各特許出願公告に係り、本願優先権主張日より15年先立つ技術を開示していることからすれば、水蒸気処理を常圧ないしそれ以上の加圧条件下で行うことは周知の技術と認められ、他方、本願発明の圧力条件の下限は常圧と僅かに隔たるだけで、本願明細書には、この圧力条件が臨界的であることを示す記載はないことに照らせば、当業者であれば、本願発明の除去量を得るために、その温度条件、重量比の条件との見合いで、本願発明の圧力条件を規定することは、実験を繰り返すことにより適宜決定できることと認められる。
(3) 結局、本願発明の処理条件は、引用例1、2に示される公知技術と上記周知技術に基づき、当業者であれば適宜決定できることといわなければならず、原告も認めるところの「加圧された過熱水蒸気流をポリオレフイン上に通過させてポリオレフインから揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去するに際して前記過熱水蒸気流の圧力、温度、及び量等の条件はポリオレフインを製造する際の触媒の種類やポリオレフインの用途等に応じて当業者により適宜設定されるもの」(審決書7頁19行~8頁5行)の範疇をでないものというべきである。
したがって、原告の取消事由2の主張も採用できない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、同法158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)
平成1年審判第2343号
審決
イタリー国ミラノ、フオロ、ボナパルテ、31
請求人 モンテジソン、ソシエタ、パー、アシオネ
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内
代理人弁理士 佐藤一雄
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内
代理人弁理士 野一色道夫
昭和55年特許願第89290号「粉末の乾燥法」拒絶査定に対する審判事件(昭和56年2月27日出願公開、特開昭56-20981)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(Ⅰ)本願は、昭和55年7月2日(優先権主張1979年7月2日、イタリー国)の出願であつて、その発明の要旨は、平成1年3月22日付手続補正書で補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、
「ジハロゲン化マグネシウム上に担持されたチタン化合物からなる解媒を用いて得られたポリオレフイン粉末から、揮発生物質または処理条件下において揮発性となる物質をその含量が100ppmより少なくなるまで除去する方法であつて、0.1~10kg/cm2ゲージ圧で105~140℃に加熱された新鮮な過熱水蒸気流を、水蒸気対粉末の重量比0.10~0.50の割合で前記ボリオレフイン粉末上に通過させるとともに、前記粉末を水蒸気が凝縮しないように前記温度に保持させることを特徴とする、粉末の乾燥法。」
にあるものと認める
(Ⅱ)これに対して、当審における拒絶の理由で引用した特公昭33-645号公報(以下、引用例1という。)には、高分子量ポリエチーレンの精製法に関する発明が記載されていて、「溶剤の主量を機械的に分離せる後、尚ほ附着する或は吸収せられた溶剤残部を水蒸気にて処理することに依り除去することに依り、分子量ポリエチーレンが尚ほ存在する溶剤より簡単に精製せられることが知られた。水蒸気処理に依り簡単に、高分子量ポリエチーレンを殆んど溶剤より分離することができる。」(第2欄第10~16行)、「本発明に依る蒸気処理は、約100℃の温度に於て、飽和或は過熱蒸気を以て行はれる。此の場合一段或は多段階にて操作することができる。物質は静止或は運動状態にて蒸気作用に曝らされることができる。蒸気は例へば上方より下方に向つて重合体の層中を流過することができる。上方より下方に向つて運動する物質中を水平或は横方向に向つて蒸気を流過せしめることも亦使用せられることができる。最後に流下する重合生成物の層に反対に、蒸気を下方より上方に向つて吹き込むこともできる。」(第2欄第24行~第3欄第8行)と記載されており、また、同じく特公昭46-22923号公報(以下、引用例2という。)には、ポリオレフインの乾燥方法に関する発明が図面とともに記載されていて「本発明は単に炭化水素に濡れたα-モノオレフインの固定重合物の如き固体の粒状物質の乾燥の方法ということが出来その中でその濡れた重合物が長い伝熱ゾーンの中で少くとも66℃の温度の水蒸気と混合し接触して水蒸気中に重合物懸濁物(suspension)を作る。この重合物及び水蒸気はその重合物から実質的全部の炭化水素を除くためそのゾーンを通過させ乍らその懸濁物中の重合物と水蒸気とを充分の長さの時間の接触を保たせる。次いで乾いた重合物はその懸濁物から回収される。」(第2欄第3~13行)、「伝熱管ゾーン22全体に温度傾斜を与えるため別の伝熱装置があることが望まれる。加圧下の過熱蒸気をそれに噴射することが出来る。」(第7欄第39~42行)と記載されており、しかも、ポリエチレンもポリオレフインの1つであることが当業者にとつて明らかなことであることからみて、前記引用例1及び引用例2のいずれにも加圧された過熱水蒸気流をポリオレフイン上に通過させてポリオレフインから揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去することが実質的に記載されていると認められる。(以下、公知技術という。)
(Ⅲ)そこで、本願発明と前記公知技術とを対比すると、両者は、加圧された過熱水蒸気流をポリオレフイン上に通過させてポリオレフインから揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去するものである点で一致し、<1>前記ポリオレフインが、本願発明ではジハロゲン化マグネシウム上に担持されたチタン化合物からなる触媒を用いて得られる粉末状のものであるのに対して、前記公知技術は前記種類の触媒を用いることと粉末状のポリオレフインを得ることについて明示していない点、<2>前記揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質の除去量が、本願発明ではポリオレフインに対する前記揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質の含量が100ppmより少なくなるまでであるのに対して、前記公知技術はそれを明示していない点、<3>前記ポリオレフイン上に通過させる加圧された過熱水蒸気流が、本願発明では0.1~1.0kg/cm2ゲージ圧で105~140℃に加熱されたものであるとともに、水蒸気対ポリオレフインの重量比が0.10~0.50の割合のものであるのに対して、前記公知技術はそれを明示していない点、<4>前記ポリオレフインの温度が、本願発明では水蒸気が凝縮しないように105~140℃に保持されたものであるのに対して、前記公知技術はそれを明示していない点で相違する。
(Ⅳ)次に、前記相違点<1>、<2>、<3>、<4>について検討する。
相違点<1>について
ジハロゲン化マグネシウム上に担持されたチタン化合物からなる触媒を用いて粉末状のポリオレフインを得ることが本願出願前周知であるから(もしも必要ならば、例えば、特開昭48-16986号公報、特開昭48-16987号公報、特開昭53-109892号公報参照、以下、周知技術という。)、前記公知技術に対して前記ポリオレフインとして前記触媒を用いて得られる粉末状のものを用いるようにすることは当業者であれば必要に応じて適宜実施し得ることである。
相違点<2>について
ポリオレフインから前記揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去するに際して前記揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質の除去量はポリオレフインの用途等に応じて当業者により適宜設定されるものであり、しかも、本願発明において特定されている、ポリオレフインに対する含量が100ppmより少なくなるまでという除去量は、従来においても設定されている範囲のものであるから、当業者であれば適宜設定し、かつ、実現可能なものである。
相違点<3>について
加圧された過熱水蒸気流をポリオレフイン上に通過させてポリオレフインから揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去するに際して前記過熱水蒸気流の圧力、温度、及び量等の条件はポリオレフインを製造する際の触媒の種類やポリオレフインの用途等に応じて当業者により適宜設定されるものであり、しかも、本願発明に於いて特定されている0.1~10kg/cm2ゲージ圧で105~140℃で、かつ、水蒸気対ポリオレフインの重量比0.10~0.50の割合の過熱水蒸気流であるという条件は当業者であれば予測し得る範囲内のものであつて、しかも、単なる繰り返し実験により適宜設定可能なものである。
相違点<4>について
加圧された過熱水蒸気流をポリオレフイン上に通過させてポリオレフインから揮発性物質または処理条件下において揮発性となる物質を除去するに際してポリオレフインの温度を水蒸気が凝縮しないものに保持されたものにすることは前記過熱水蒸気を有効に使用する上から当業者であれば容易に想到し得ることであり、しかも、前記保持温度として前記過熱水蒸気を有効に使用する上から当業者であれば容易に想到し得ることであり、しかも、前記保持温度として前記過熱水蒸気と同じ範囲の105~140℃に設定することは当業者であれば適宜設定し得ることである。
そして、本願発明の要旨とする構成によつてもたらされる効果も、前記公知技術及び周知技術から当業者であれば予測することができる程度のものであつて、格別のものとはいえない。
(Ⅴ)したがつて、本願発明は、前記公知技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よつて、結論のとおり審決する。
平成2年9月20日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。